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福岡高等裁判所那覇支部 平成5年(行コ)1号 判決

控訴人 タイムズ商事有限会社

被控訴人 那覇公共職業安定所長

代理人 石井昇 久場兼政 那須誠也 友利勝彦 ほか五名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

一  控訴人の申立

原判決を取り消す。

本件を那覇地方裁判所に差し戻す。

二  事案の概要

次のとおり訂正するほか原判決の「第二 事案の概要」に記載のとおりである。

1  原判決三枚目裏四行目の「不支給の決定をした。」の次に「その際、被控訴人は、控訴人に対し、この決定に不服があるときは沖縄県知事に対して審査請求することができる旨を教示した。」を挿入し、同六行目の「上級官庁」を「上級行政庁」と、同一〇行目の「不支給決定処分後」を「不支給決定後」とそれぞれ改める。

2  同四枚目表六行目の「本件処分」を「本件不支給決定」と改め、同九行目の「用いられるので、」の次に「支給・不支給決定に」を挿入し、同末行の「場合でなければならない。」から同裏四行目の「いうべきである。」を「場合でなければならないところ、」と、同五行目の「根拠規定はなく、」を「根拠規定はないから、」とそれぞれ改める。

3  同四枚目裏八行目の「本件処分」を「本件不支給決定」と、同一〇行目の「種々の行政活動」を「のであるから、このような行政庁の行為」とそれぞれ改め、同五枚目表一行目の「また、」の次に「被控訴人は、」を挿入し、同行目及び同二行目の「本件決定」をいずれも「本件不支給決定」と改める。

三  争点に対する判断

1  行政事件訴訟法三条二項に取消訴訟の対象として規定されている「処分」とは、行政庁が、法の認めた優越的地位に基づき、公権力の行使として行う行為であって、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうが、非権力的な給付行政の分野における補助金や助成金の支給関係は、支給申請者の申込に対する行政庁の承諾により成立する契約関係であるのが原則であるから、その場合の行政庁の行為は、公権力の行使としての性格も認められないし、国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定するものともいえないので、取消訴訟の対象となる処分には該当しないというべきである。

しかしながら、このような非権力的な給付行政の分野においても、立法政策として、一定の者に補助金等の支給を受ける権利を与えるとともに、支給申請及びこれに対する支給決定という手続により、行政庁に申請者の権利の存否を判断させることとした場合など、法令が特に補助金等の支給決定に処分性を与えたものと認められる場合には、補助金等の支給・不支給決定は、取消訴訟の対象となる処分に該当すると解される。

そして、法治主義の原則の要請から、右の法令とは形式的意味の法律のみならず条例等法律に準ずるものを含むが、行政庁が自らの内部規則として制定した規則は、これが補助金等の交付決定に処分性を認めることを前提とした法律ないし条例等の委任を受け、その法律ないし条例等と一体として処分性を付与していると認められない限り、右の法令に含まれないと解するのが相当である。

2  そこで、このような観点から本件の特別奨励金についての関係法規を検討する。

(一)  地域雇用開発等促進法(昭和六二年法律第二三号、平成元年法律第三六号による改正前のもの、以下「地域法」という。)八条一項は、地域雇用開発促進地域(同法二条一項二号の委任を受けた地域雇用開発等促進法施行令により控訴人が事業所を設置した那覇市も同地域に指定されている。)内における地域雇用開発を促進するため、同地域内に事業所を設置し、又は整備して求職者を雇い入れる事業主に対し、雇用保険法六二条一項二号に基づく雇用改善事業として、必要な助成及び援助を行うものとし、地域法八条二項は、右助成及び援助を行うに当たっては、雇用開発促進地域内に事業所を有する法人で、労働省令で定める基準に照らして当該事業所の行う事業が当該雇用開発促進地域の地域開発に特に資すると認められるものについて、特別の措置を講ずるものとしているが、地域法には、他に特別奨励金に関する規定は何ら置かれていない。そして、雇用保険法(平成元年法律第三六号による改正前のもの)六二条一項二号は、雇用改善事業の一つとして、地域的な雇用構造の改善を図るために、事業主に対して、必要な助成及び援助を行うこととし、同条二項は、その事業の実施に関して必要な基準は、労働省令で定めるものとしている。

(二)  右の二法を受けて雇用保険法施行規則(平成元年労働省令第二〇号及び第二一号による改正前のもの。以下「規則」という。)一〇六条は、雇用保険法六二条一項二号の事業として地域雇用開発助成金及び通年雇用奨励金を支給する旨を規定し、さらに、規則一〇七条は、一項において地域雇用開発助成金を地域雇用奨励金、特別奨励金及び地域雇用移転給付金の三種とすることを、三項において特別奨励金の受給資格及び給付金額に関する概括的な要件、すなわち、特別奨励金は、地域雇用奨励金の支給を受けることができる事業主(その要件は同条二項に規定されている。)であって、対象事業所の設置又は整備に伴い対象労働者を五人以上雇い入れた事業主に対し、雇い入れた対象労働者の数に応じ、当該対象労働者の雇い入れに係る費用の額を限度として支給する旨をそれぞれ規定している。

(三)  そして、昭和六三年二月二五日付職発第八〇号・各都道府県知事宛て労働省職業安定局長通達へ〈証拠略〉。以下「通達」という。)により「地域雇用開発助成金支給要領」(従前の要領を改正したもの)が定められ、右要領において特別奨励金の具体的支給手続、支給金額、支給時期等が規定されている。

3  右にみたとおり、地域法及び雇用保険法は、地域雇用開発の促進あるいは地域的な雇用構造の改善を図るために「必要な助成及び援助を行う」旨あるいは右助成及び援助を行うに当たって「特別の措置を講ずる」旨を規定しているだけであって、その「助成及び援助」あるいは「特別の措置」の具体的内容については何ら規定しておらず、規則において、初めて、特別奨励金の支給制度が規定されるとともに事業主の支給資格及び支給金額に関する概括的な要件が規定され、更に、具体的な支給手続、支給金額、支給時期等は通達において定められているのである。

そうすると、地域法あるいは雇用保険法には、特別奨励金の支給制度について何らの規定も置かれておらず、特別奨励金の支給・不支給決定に処分性を認める趣旨の規定は全く存在しないといわざるを得ないし、右二法が労働省令に委任している事項も、ある事業所の事業が雇用開発促進地域の地域雇用開発に特に資するかどうかの基準及び雇用改善事業の実施に関する基準にすぎないから、雇用改善事業として一定の事業を行うことを前提としてその具体的内容や手続等を委任しているわけではなく、右二法と規則とが一体となって特別奨励金の支給・不支給決定に処分性を付与しているとみる余地もない。

したがって、特別奨励金の支給制度は、行政庁で内部的に雇用改善事業の内容を定めた規則及び規則の規定を受けて地域雇用開発助成金の支給に当たって適正な事務処理がなされるよう手続の細則を示達した通達により創設的に規定されたものというべきであり、このような規則及び通達によって、特別奨励金の支給・不支給決定に処分性を付与されるものでないことは前示のとおりである。

以上検討してきたところによれば、本件の特別奨励金の不支給決定は、抗告訴訟の対象たる処分を有しないものというべきである。

なお、控訴人は、被控訴人が本件不支給決定に際して行政不服審査法上の審査請求ができる旨を教示したことを根拠として、右決定が処分性を有する旨を主張する。確かに、本件不支給決定の際に被控訴人が控訴人に行政不服審査法上の審査請求ができる旨を教示したことは当事者間に争いがなく、このことは、被控訴人が本件不支給決定に処分性を認めていたことを示しているが、行政庁の行為に処分性が認められるか否かは、裁判所が法令の解釈により決定すべき事柄であって、当該行政庁の判断に左右されるものではないから、被控訴人が本件不支給決定の際に不服申立ての教示をしたからといって、このことが処分性を肯定する理由となるものではない。もっとも、行政不服審査法上の不服申立の対象となる処分と抗告訴訟の対象となる処分とは同一の概念であると解され、地域法あるいは雇用保険法において特別奨励金の不支給決定に対して行政不服審査法上の審査請求ができる旨が規定されているのであれば、不支給決定に処分性を肯定する重要な根拠となるが、右二法及びその委任を受けた規則にその旨の規定が存在しないことは前示のとおりである。したがって、控訴人の右主張は失当というべきである。

4  以上のとおり、控訴人は本訴において行政事件訴訟法三条二項の処分に当たらないものの取消しを求めているのであるから、本件訴えは不適法であり、これを却下すべきところ、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。

(裁判官 東孝行 坂井満 深山卓也)

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